アリストテレス(前384~前322)




イラストはDYNAさんに描いていただきました。

古代ギリシアのプラトンとアリストテレスも,快苦が自己のありかたを示す指標であり,自己変革のために着目すべきものであると考えた。プラトンは身体や財物にかかわる快を貶める。これは彼が,知的探求の喜びを重視し,それをより高次なものと考えたためである。そして彼は,知的探求も学習も生まれる前の経験の想起にほかならないとみなす。一方,アリストテレスは,探求される実在に関してはプラトンと意見を異にする。しかし,彼のいう観想(テオリア)も単に実践に対する理論ではなく,それ自体が最高の幸福と結びつき,真の快を伴うものであった。(センター倫理・1992追試験)

アリストテレスは,人間が幸福になるためには,教育や学習によって形成される知性的徳だけではなく,習慣づけによって身につく習性的徳(倫理的徳)が必要であり,ひいてはそのことがポリスの安寧に結びつく,と考えた。よい習慣を身につけ,悪習を断つことが,私たちの生を充実させるためには必要なのである。(センター倫理・2004追試験)

中庸を尊ぶ考え方は,人間のより善い生き方を模索した思想家たちの間に広く見られる。例えば古代ギリシアのアリストテレスも,市民共同体の一員としての生き方を論じた著作の中で中庸について述べている。それによると,メソテース(中庸)とは,様々な感情や行為において,然るべき程度に比して不足するか,あるいは超過するという両様の悪徳を避けてその中間を選び取ることであり,人間の徳はこの中庸によって成り立つという。(センター倫理・2003本試験)

プラトンの弟子アリストテレスは,「人間は,本性上,ポリス的動物である」と述べて,ポリスを離れては,人は人間として生きていけないと考えた。彼によれば,ポリスの中で,人間の協同的な関係を支えているのは,正義と友愛という二つの徳であった。(センター倫理・1997本試験)

古代ギリシャは,正規の構成員たる「市民」によって自立的に運営される共同体(ポリス)からなっていた。そのポリスにおいて人類史上はじめて「民主制」という政治形態が出現した。ポリスに住まう人間の倫理を追究したアリストテレスにとって,正義は,まさしく「等しさ」を保障することを意味していた。彼はこれを,各人の働きに応じて名誉や報酬をあてがうことで「等しさ」を実現する配分的正義と,商取引や裁判において当事者相互の利害と得失を勘案して「等しさ」を回復する調整的(矯正的)正義とに分けたのであった。(センター倫理・2001本試験)

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